平成25年10月に記す、の巻。
研ぎ出しとは読んで字のごとく研ぐ=研磨して、出す=良い表面を磨き出す、ことだ。荒れた表面をやすりがけしてきれいな塗装面に整え、それが最終工程となる。ただしひょうたん美術の世界では以前よりこの研ぎ出しを若干別の意味に使用しており、少しだけ注意が必要。異なる色のカシューをところどころに塗り重ね、乾燥後やすりがけし、ランダムな模様が浮かび上がる手法をいわゆる「研ぎ出し」と呼んでいる。表題の研ぎ出しはひょうたん美術のそれではなく、原則通りのものだ。いわゆる磨き出し、だ。
研ぎ出しのテクニックはプラモデル等の塗装本にもあまり詳しく紹介されていない、いわば非主流派の手法だ。大変手間がかかるのと、塗装工程の最後は研いで終わるのではなく、塗って終われることが多いからだ。重ね塗りは塗装編で見てきたごとく研磨→塗装→研磨→塗装・・・の工程を繰り返す。で、最後工程は多くの場合塗装、で終わる。カシューではなく、プラモデル等ホビー分野で使われている最近の塗料は性能もよく、通常は最終塗装(上塗り)の後研磨は不要だ。むろん柔らかい布で表面のごみ、ほこりをとる程度のことはするが、すでに研磨ではない。カシューの塗装も条件が良ければ研ぎ出しは不要だ。最終状態の塗装面に何らかのトラブルが生じている場合、修正するには二通りのやり方がある。一つはもう一回研磨→塗装の工程を行うことだ。通常はこちらだ。もう一つが今回の手法、研ぎ出しだ。繰り返すがとても手間かかかる。今回はあえてこの研ぎ出しに挑戦してみた。又は挑戦せざるを得なかった。状況はこうだ。
対象は2年前に収穫、塗装し終えた大ひょうたん1個。カシュー筆塗りで茶色く細身のタイプ。正統的手法で全行程を終えた完成品で、とある場所に飾っておいた。同時期に塗った、同じくカシュー塗り、茶色太めのひょうたんもあり、そちらが残念なことに虫食いの被害にあった。直径約 1 mmの見事なトンネルが一本太い腹に貫通している。補修しなければと思い、修理を始めた。穴の周囲をやすりで削り、パテで穴をふさぐ。さらに茶色のカシュー「淡透」(たんすき)と「ネオクリアー」を合わせて数回塗り重ねた。この時目に留まったのが茶色カシュー同系統の今回の細身ひょうたん(細茶と命名)。2年前の基準では十分きれいだと思えたのに今回改めてよく見ると意外とあらが目立つ。どうせなら虫食いの太めひょうたん(太茶と命名)と同時に茶色のカシュー「淡透」、透明な「ネオクリアー」を数回塗ってしまおうと考えた。しかも今年は「新カシュー法」でスプレー塗装を行うので、若干あらの目立つ細茶も太茶補修ついでにグレードアップできる。はずだった。
写真左は細茶、右は太茶。(↑)
太茶とほぼ同時進行している。塗装編で前記したカシュースプレー第1回目(7月14日)と、ずっと後のカシュースプレー(10月9日)の計2回に分け「ネオクリアー」を塗装した。2回目が失敗だった。この日多数のひょうたん塗装がつつがなく終わり、それでもスプレーガンのカップにまだカシュー「ネオクリアー」が余っていた。もったいない。急遽この細茶を引っ張り出し、800~1000番相当3M ULTRAFINEで大急ぎに研磨し、その「ネオクリアー」を塗布。最後の余りだったせいか、シンナーが目減りし、おそらくカシューが濃くなっていたのだろう。細かく、猛烈に多数の「ゆず肌」になってしまった。運よく、または不幸中の幸いにして太茶分のネオクリアーはもうなく、被害は細茶のみにとどまった。
数日間乾燥させ良く削って次の塗装工程へ進むのが定石だ。しかし、腹の虫がおさまらない。転んでもただでは起きたくない。数日後360~600番相当3M SUPERFINE、800~1000番相当3M ULTRAFINEで研磨しながらふとある考えがよぎった。このままもっとやすりの目を細かくして研磨してゆけばもしかしてピカピカになって仕上がるかも。そういえば「研ぎ出し」だ。そもそもこの「細茶」、もう十分な回数のカシューを塗っている。塗装の厚みは十分。多少削ってもきれいに「研ぎ出し」できるはずだ。参考までに今までの苦心惨憺の工程はこうだ。興味のある方のみご参照ください。
下塗り 2液ウレタン塗料「8号ストップシーラー」+顔料着色剤「リベラカラー・ケヤキ」
中塗り 2液ウレタン塗料「8号ストップシーラー」+顔料着色剤「リベラカラー・ケヤキ」
上塗り カシュー「透」2回、カシュー「淡透」3回、カシュー「クリアー」3回、
カシュー「ネオクリアー」筆2回、スプレー2回、(今年になって施行)
算数の不得手な筆者にもカシュー塗装の合計が12回だとわかる。一昨年までとしても10回だ。10回も塗ったんだからとてもきれいだ。きれいなはずたと信じていた。自慢したい気持ちがはちきれそうだ。「った。」ふとした拍子に表面を眺めると確かに輝きは合格レベルだが、塗装の凹凸が目につくほど荒い仕上がりだ。最後のスプレー塗装で多少のゆず肌が生じても、ゆるぎない自信に変わりはないはずだ。(った。)一方で同時にこれだけの回数を重ね塗りしているのに、同じ手法でたとえ数回カシュー塗装を重ねたところで出てくる結果は大同小異かもしれないという黒い不安。脳裏に生じた疑問は消えていない。
翌日さっそくホームセンターへ行き研ぎ出しに使うやすり一式を買ってきた。筆者が使用しているやすりで最も目の細かいものは1200~1500番相当3M MICROFINE だ。この日購入したやすりはフィルム状のもので順に1000番、2000番、4000番、6000番、8000番、10000番、15000番!だ。その他コンパウンド入り布、コンパウンドなし布も合わせて購入。だめ元根性で始めた。ので、しばらくは証拠写真がない。神話の世界だと思って賢い読者は聞き流してください。経過を追って説明する。
平成25年10月27日 頂上遥か、足取りも軽く。
さっそくフィルム状やすり1000番で研磨開始。柔らかくはないフィルムなのでくちゃくちゃパリパリという感じで進む。そこそこだと思ったところで順に2000番、4000番へと軽く進む。ゆず肌もそこそこ取れている。表面は当然まだつるつる感ゼロで、すりガラス状。フィルム上やすりはまだまだ続くがこの辺でよさそうな予感がする。次。コンパウンド入り布で研磨開始。コンパウンドが多少べたつくも気にせず研磨。30分近くてれてれこするも表面にあまり変化なし。本日の授業はここまで。写真なし。
平成25年10月28日 5合目通過。7合目制覇。
昨日の続き。コンパウンド入り布でさらに研磨。数十分軽くこすっているうち、表面のくもりに一部変化あり。ごく一部だが曇り空から薄日が差した気がする。本当か。もう少し真面目にこすってみる。往復100回だ。おお、少し日差しが強くなった気がする。もちろん全体的にはまだまだ五里霧中だが。この日はさらにゴシゴシを1時間ほど続け、7割がた晴れた状態に。清兵衛の気持ちがよくわかる。
平成25年10月29日 雲上かなた、頂上を視認。
単細胞的研磨をひたすら続行。曇りがさらに消え、鏡面が次第に広がってゆく。この道のりで正解だとの確信を得る。頂上に手が届きそうだ。呼べば聞こえる。確固たる足取りでホームセンターへ行き、乾ききったコンパウンド入り布にかえ、もう一つ同じ布を奮発する。この日も計1時間ほど研磨をし、鏡面が9割がた広がってきたのを確認。一回に往復100回が目標。手ごたえはある。手も痛い。しかし、表面をじっと確認するたび、ある不安が湧き上がってくるのをどうしてもぬぐいきれなかった。工程が進めばいずれ解消すると思っていた、あるものが消えない。ゆず肌だ。表面一面に、猛烈な個数の小さなゆずが一斉にこちらをにらんでいる。一部ではなく、ひょうたん全面を覆い尽くしている。くどいようだがこの時の写真なし。下はスーパーで買ったゆず。(↓)人を喰ってる。今に喰ってやる。
平成25年11月1日 一時後退。
頂上は目前と思っていた。しかし、そこは隣の山だった。現実が受け入れられない。半泣きになりつつ絶望的研磨を続ける。一縷の望みをかける。ある段階で一斉にゆず肌が消えてくれるはずだ。腱鞘炎になりかけた腕をかばいつつこする。輝きは一層増すが、それにつれてゆず肌が返って目立つようになってきた。証拠写真がない代わり文字が叙事詩的になってきたのにはご勘弁。
平成25年11月3日 完全撤退。
秋葉原にやってきた。目指すはよく行くホビーショップ「TM」(仮称)3階。コンパウンドが悪いのだ。塗装面研磨で定評のある「タミヤコンパウンド細目」「タミヤコンパウンド仕上げ目」を手に入れる。「ハセガワコンパウンド」その他柔らかい研磨用布も数点購入。コンパウンドの時点まで引き返し、もう一度正しい道のりを目指そう。帰ってから早速「タミヤコンパウンド細目」を布に塗り、研磨開始。無数のゆず肌がきれいに一網打尽だ!と期待する。も全く変化なし。おかしい。もっとこすろう。一か所100回が目標だ。ゴシゴシ。30分ぐらい奮闘するも変化なし。輝きはある程度あるもののゆず肌が一斉にこちらを見てバカにしている。中途半端な引き返しではだめだ。夕ご飯を食べて元気を出そう。
平成25年11月3日深夜 再出発。
最終手段。根本(こんぽん)がだめだからその後の努力は砂上の楼閣。ゆず肌を絶滅しない限り前進してはいけない。覚悟を決め赤い360~600番相当3M SUPERFINEを取り出す。どうしても使いたくなかったがこれしか手段はない。一見鏡面に見え、実は無数のゆず肌がうごめく腐った表面に渾身の3M SUPERFINEを突きつける。思いっきり、突き進む。削り落ちるカシューの粉はひょうたんの実から吹き出す鮮血か、腐ったゆず肌の断末魔か。躊躇してはいけない。心を鬼にして進める。ある程度研磨した段階でそっと手を休め、表面をぬぐってみる。やっぱりいた。びくともしない。生半可な研磨ではだめだ。一か所100回往復を目標に研磨。時を忘れる。腕が重い。粉をかぎ分け、地肌の観察。ほんの少し、ゆずの勢いが減っている。全面にわたり同じく3M SUPERFINEの研磨を続ける。ひょうたんが過熱している。一通り研磨が終わると粉をきれいに払って、しつこく再攻撃。全身暑くなってきた。滴り落ちる汗が目に入り、痛い。構わず続ける。もう一通り全面研磨。ゆずはどうだ?半分くらいに減っている。消えた面積の方が大きい。一か所200回こすろう。腕が痛い。粉が飛び散る。もうだめだと思い、我慢の限界を超えた数十分後再確認。汗と涙の隙間から見えた地獄の表面から9割がたゆずが消えている。ところどころにゆずの小集団が残存。次は狙い撃ちだ。一か所50回程度を目標に強烈研磨。そっと覗くとその集団は全滅。ひょうたんをすみからすみまで観察。北から南まで、頭からお尻まで、針の穴も見逃さない。見つけると即強烈研磨。次々ゆず集団は全滅してゆく。腕が動かなくなったころ、ついにゆずはひょうたんから完全消滅。よろよろと立ちあがり、深夜の風呂につかり込む。
平成25年11月4日早朝 最悪の局面は脱出した。表面をよく見ると薄い小さな等高線が所々に見える。そう、ゆず肌ができた塗装表面が徹底研磨で一部消失し、その下の塗装表面が表れているのだ。幸いこの表面も同じ「ネオクリアー」なので違和感はない。境界面はいずれ消えると思う。もしこのひとつ前の塗装がネオクリアーでなく別の色だったら大変だ。それこそ伝統工芸の「研ぎ出し」になっていたところだ。まだやめない。800~1000番相当3M ULTRAFINE、1200~1500番相当3M MICROFINEで引き続き研磨。さすがに今度は軽い作業でよさそうだ。
研磨後の状態。(↑左右)表面の調整にとどめる。隠れたゆず集団が時々見つかる。すると最初のSUPERFINEに戻りゆずを殲滅。その場所だけ順次もと通りの研磨を軽くして穴埋めする。深夜テレビの内容がようやく耳に入ってきた。つまらない。2000番、4000番、6000番、8000番、10000番、15000番とフィルム状やすりへステップアップしよう。(↓)どこまで上げてゆくかは臨機応変で考える。
2000番から始めようと思ったが手元に見当たらず。部屋のごみ山に隠れたか。まあいい、4000番から開始だ。初回の失敗時はこの4000番まで研磨した。今回はこれから始める。軽く研磨してもくもりガラス状表面にあまり変化なし。すこししつこく続けるもやはり変化なし。(↓)
薄日が見えたかな、程度。(↑)4000番研磨後の様子。
次は6000番。研磨していてもあまり粉が出てこない。削る、というより磨く、のイメージに近いことを実感する。4000番で取れなかった曇り空が急に全面晴れだしてきた。(↓)
磨くのに引っ掛かりが軽くなり、表面をこすっている。研磨後の様子。
8000番へ進む。手ごたえありだ。(↑)つるつるの表面につるつるのフィルムが滑る。研磨後の様子
10000番!研磨後の状態。(↑)これ以上にないくらい表面は平滑。鏡面が広がるも9割り方にとどまる。ゆずは全く見えない。薄い等高線もすでに見えない。
もういいだろう。次はコンパウンドだ。「タミヤコンパウンド細目」をひょうたんにつけ、クロスで磨く。
今までへばりついていた曇り面が軽いひとこすりで一気に消失した。嬉しい。湯気で曇ったガラスを乾いたタオルでふき取った印象だ。嬉しさ余ってよくこする。本当の鏡面よりさらに平滑だ。意地悪く見ると、光加減によってはわずかに磨いた後の薄いラインが一応見える。気にはならないが。すでに明け方。へとへとの中に奇妙な高揚感が混じりこみ、気分良く就寝。続きはまた今度。
平成25年11月5日 清兵衛と瓢箪
「タミヤコンパウンド仕上げ目」に進む。布に少量付け昨日と同様磨いてゆく。輝きが一層増したように思う。
薄いヘアライン状の傷がわずかに見える。コンパウンドそのものによる傷だと思う。この後さらに目の細かいコンパウンドで磨いてみよう。写真をよく見ると中央やや右寄りにゆず肌の名残がわずかに数個見える。もう見逃してやろう。夏草や、兵(つわもの)どもがゆずのあと。
平成25年11月8日
(↑)その後コンパウンドなしの布で穏やかに磨きを続ける。これ以上の滑らかさ、輝きはないという時点の様子が上の写真だ。
2011年度筆塗りカシュー最良作品の一つと比べても平滑感に遜色はない。(↑左)むしろ、より平滑だ。写真上はそれとの記念撮影。形が瓜二つ。ひょうたんはウリ科だから当たり前か。ちなみに右側ひょうたんは以前少し紹介したガラス製赤ひょうたんの原型モデルとなっている。(↑右)よくよく表面を観察すると研ぎ出しの方は塗っておしまいとする従来法に比べ「深み」に劣る気がする。まとめると以下の通りだと思う。
研ぎ出し法とその他の方法の比較
研ぎ出し法はある意味底なしの噴火口。はまらないように。
車でWALKMANが聴きたくなったあなたに。/ 休憩編へつづく。